頭が良いことの第一条件 [教育]
例えば結婚式に招かれたとき、新郎新婦より派手な衣裳を着ていくのは礼儀に反する。葬式に参列したとき、喪服でない派手な服装をしたら、常識を疑われる。そんなことは分かり切っているのに、「最近は七五三詣での子供に束帯姿をさせる親がいて、神職も不愉快に思うらしい」という話をしたら、ある東大系研究者は、「どんな服装をするのも自由ではないか?」と反撥した。
もしこれが神社の現場での話でなかったら、その人も「自由だ」という反論はしなかっただろう。結婚式や葬式の例を挙げると、その人は口を閉ざした。
学歴から見て頭が良いということと、偏見から自由であることとは、あまり関係はないらしい。したがって、いくら高学歴の頭の良い人間が国やらマスコミやら経済やらを動かしても、社会から偏見がなくなることはない。本当は偏見から自由であることが、頭が良いことの第一条件でなくてはならないと思うけれども。
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